つばさ広げて ①
3月30日から日曜日を除く毎日、全156回にわたって放送された
NHK連続テレビ小説「つばさ」。
放送は先に9月26日で完結しましたが、
本日は8月1日(土)にドラマの舞台でもある川越市市民会館で開催された
「つばさファンミーティングin川越~ラジオぽてとが川越にやってきた」
の模様を紹介させていただきます。

ドラマを見逃してしまった!と言う方は、現在DVD第1巻が好評発売中
(12月まで順次第3巻まで発売予定)ですので、ぜひチェックしてみてくださいね。
NHKオンラインショップ様 ←詳しくはこちらをクリック下さい☆
この日は、ファンミーティングに合わせて参加者限定のスタンプラリーも開催され、
開場時間前にはちょっとした川越市内散策を楽しむことができました。
お天気にも恵まれ、ドラマのロケ地にもなった蔵造り通りや鐘つき通りを中心に、
多くの観光客で賑わっていました。
もちろん、つばさ劇中やこの転校生日記でも何度か紹介した『時の鐘』もラリーポイントのひとつに。
(時の鐘)
今回は、せっかくですので少しばかり深い(?)解説を。
この『時の鐘』は、高さ16mで奈良の大仏様とほぼ同じ高さ。
一本柱で作られており、建築当時路地を通ってここに木材を運び込むのが
非常に大変な作業だったそうです。
時間に厳しかった当時の川越城主が、町民向けにも時を知らせるために作らせたのが始まりの時の鐘。
初代は今から約350年前の寛永年間の建造ですが、
現在の鐘は4代目で110年ほどの歴史を刻んでいます。
30年前までは、実際に人が登って鐘を撞いていましたが、
現在は自動化され1日に4回、1回につき6撞きの鐘の音を蔵造りの街並みに響かせています。
しかしながら、現在でも人が登って鐘を撞く日があり、ひとつは皆さんご存知、
大晦日の除夜の鐘。そして、もうひとつが原爆の日です。
また、鐘の重さは約700キロ。
この『時の鐘』の鐘も戦時中には金属供出の命にあいそうになったのですが、
大火後の再建の際、明治天皇からの見舞金によって作られた鐘ということで、
供出から逃れることができたと言うエピソードがあります。
(参道の敷石で画かれた漢字の“目”。「この上を歩くと目が良くなる」との言い伝えが残されています。
時の鐘のある薬師神社は、特に病気平癒のご利益があるとされています。)
(境内には、劇中に登場した“つばさのブランコ”やタイトルバックの絵馬も)
他には、川越まつりに登場する様々な山車が展示されている川越まつり会館や菓子屋横丁、
鏡山酒造跡地がラリーポイントになっていました。
ドラマオープニング冒頭のタイトルバックでつばさが登っている屋根が、まつり会館の屋根になります。

(川越まつり会館)
(まつり会館からの眺め。時の鐘・仲町方面を臨む)
もちろん一般客は、屋根には登れません(笑)
(つばさ劇中の川越まつりのシーンにも登場する幸町(旧鍛冶町)の山車。
明治の初め頃の製作。なお、まつり会館では定期的に山車の展示の入れ替えを行っており、
必ずしも幸町の山車が展示されているとは限りませんので、事前に会館にご確認ください。)
川越まつりに登場する山車の高さは全長約8m。
なお、山車の上部は昇降式になっており、畳むと4mほどに。
これは、川越城の城門の高さが4mほどだったことに起因しています。
また、川越まつりのクライマックス“曳っかわせ”のために、
お囃子台部分が360度回転できるような造りになっています。
川越まつりも、もともとは東京(江戸)から入ってきたお祭りで、
東京都内でも、かつてはお祭りと言えば川越まつりのように山車が主流でしたが、
明治に入り市電網が整備され、架線に引っかかるということで、
現在のようなお神輿が主流となったそう。
(菓子屋横丁)
以上、解説の部分は、場所場所に待機している川越市シルバー人材センター他の
観光ボランティアの皆さんから教えていただいたものです。
皆さんも川越観光の際は、ぜひ声をおかけになってみてはいかがでしょうか。
続く
りょう
NHK連続テレビ小説「つばさ」。
放送は先に9月26日で完結しましたが、
本日は8月1日(土)にドラマの舞台でもある川越市市民会館で開催された
「つばさファンミーティングin川越~ラジオぽてとが川越にやってきた」
の模様を紹介させていただきます。
ドラマを見逃してしまった!と言う方は、現在DVD第1巻が好評発売中
(12月まで順次第3巻まで発売予定)ですので、ぜひチェックしてみてくださいね。
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この日は、ファンミーティングに合わせて参加者限定のスタンプラリーも開催され、
開場時間前にはちょっとした川越市内散策を楽しむことができました。
お天気にも恵まれ、ドラマのロケ地にもなった蔵造り通りや鐘つき通りを中心に、
多くの観光客で賑わっていました。
もちろん、つばさ劇中やこの転校生日記でも何度か紹介した『時の鐘』もラリーポイントのひとつに。
(時の鐘)
今回は、せっかくですので少しばかり深い(?)解説を。
この『時の鐘』は、高さ16mで奈良の大仏様とほぼ同じ高さ。
一本柱で作られており、建築当時路地を通ってここに木材を運び込むのが
非常に大変な作業だったそうです。
時間に厳しかった当時の川越城主が、町民向けにも時を知らせるために作らせたのが始まりの時の鐘。
初代は今から約350年前の寛永年間の建造ですが、
現在の鐘は4代目で110年ほどの歴史を刻んでいます。
30年前までは、実際に人が登って鐘を撞いていましたが、
現在は自動化され1日に4回、1回につき6撞きの鐘の音を蔵造りの街並みに響かせています。
しかしながら、現在でも人が登って鐘を撞く日があり、ひとつは皆さんご存知、
大晦日の除夜の鐘。そして、もうひとつが原爆の日です。
また、鐘の重さは約700キロ。
この『時の鐘』の鐘も戦時中には金属供出の命にあいそうになったのですが、
大火後の再建の際、明治天皇からの見舞金によって作られた鐘ということで、
供出から逃れることができたと言うエピソードがあります。
(参道の敷石で画かれた漢字の“目”。「この上を歩くと目が良くなる」との言い伝えが残されています。
時の鐘のある薬師神社は、特に病気平癒のご利益があるとされています。)
(境内には、劇中に登場した“つばさのブランコ”やタイトルバックの絵馬も)
他には、川越まつりに登場する様々な山車が展示されている川越まつり会館や菓子屋横丁、
鏡山酒造跡地がラリーポイントになっていました。
ドラマオープニング冒頭のタイトルバックでつばさが登っている屋根が、まつり会館の屋根になります。
(川越まつり会館)
(まつり会館からの眺め。時の鐘・仲町方面を臨む)
もちろん一般客は、屋根には登れません(笑)
(つばさ劇中の川越まつりのシーンにも登場する幸町(旧鍛冶町)の山車。
明治の初め頃の製作。なお、まつり会館では定期的に山車の展示の入れ替えを行っており、
必ずしも幸町の山車が展示されているとは限りませんので、事前に会館にご確認ください。)
川越まつりに登場する山車の高さは全長約8m。
なお、山車の上部は昇降式になっており、畳むと4mほどに。
これは、川越城の城門の高さが4mほどだったことに起因しています。
また、川越まつりのクライマックス“曳っかわせ”のために、
お囃子台部分が360度回転できるような造りになっています。
川越まつりも、もともとは東京(江戸)から入ってきたお祭りで、
東京都内でも、かつてはお祭りと言えば川越まつりのように山車が主流でしたが、
明治に入り市電網が整備され、架線に引っかかるということで、
現在のようなお神輿が主流となったそう。
(菓子屋横丁)
以上、解説の部分は、場所場所に待機している川越市シルバー人材センター他の
観光ボランティアの皆さんから教えていただいたものです。
皆さんも川越観光の際は、ぜひ声をおかけになってみてはいかがでしょうか。
続く
りょう